第十九篇 秤等す夢幻の理想郷 T
著者:shauna


 フロート公国フロートシティ

 ここに、とある建物がある。

 市街地から少し離れた郊外に聳えるそれは煉瓦積みの建物で、一言で言ってしまうとまるで国技館を城にしたような建物だった。

 ともあれ、非常に美しい建物であるのは言うまでもない。正方形の建物と巨大な4つの塔が造るその造形はまさしく一流の建築家によるものだということを現していた。


 そして、この日・・・


 すでに夜半もすぎ、あと3時間で日が昇ろうというこの時間にもかかわらず、4つある内の西の塔だけは未だ煌々と明かりを灯していた。
 
 なぜなら、この日・・・ここで非常に重大な会議が行われていたからである。

 天井からシャンデリアの下がる、フロート公国議会のそれにも匹敵する程の美しい式場でその会議は行われていた。

 魔道学会公安綱紀粛正委員会。通称”空の雪”と呼ばれる組織の総会である。

 参加しているのは約50名程の魔道士だった。

 そして、その全員が手元に配られた羊皮紙に目を落とし、空中に浮かぶ水晶板に表示された情報を見ながら、ガヤガヤヒソヒソと周りの魔道士達と難しい顔で難しい話をしていた。

 そして、その中において、たった一人、目立つ人間が居た。

 議場の中央に位置する証言台に立ち、全身に黒いドレスを纏った、長い金髪とエメラルド色の瞳の美しい華奢な少女。リア=ド=ボーモンである。

 
 「・・・以上が、聖蒼貴族に関する情報です。」
 

 手元の一通りの資料をすべて解説し終わり、リアが静かに顔を上げた。
 それに対し、集まった魔道士はただただ顔を見合わせ、頭を抱えるだけであった。
 その中でもとりわけ年老いた・・・服装が豪奢な老人が頭を抱えながら言う。


 「いや・・・ごくろうだったね。リア君。すばらしい調査結果だよ。」
 「光栄至極にございます。」

 リアはその言葉に畏まって頭を下げた。

 「すばらしくなんてありませんエンドレ様!!!」
 
 そう発言したのは副委員長の男だった。


 「空の雪の委員長であるあなたにも現状は分かっておいででしょう!!?聖蒼貴族!!!よもやこれほどの組織だとは・・・この場に居る誰の予想をも超えています!!!」
 「その通りです。」

 また別の男が発言する。今夜は空の雪の中でも幹部だけの集まりだから、この男もまた幹部の一人なのだろう。ただし、リア自身、この男が誰なのかは知らなかった。同じ委員会内にすら知らない人間がいる。空の雪とはそれほどまでに巨大な組織なのである。

 それを皮切りにして、次々と幹部達が発言する。

 「まさか、これ程の高位かつ危険な人物達が組織の一員であるなど・・・誰もが夢にも思いません。幻影の白孔雀や、剣聖だけかと思いきや、ハルトマンやカリゲラもさることながら・・・クリスティアーネや、さらにはあのパレルモにまで疑いがあるとは・・・」

 「フロート公国竜騎士隊・・・世界最強の部隊とまで謳われる、通称、閃光の竜騎兵団(レイライト・ドラグーン)の第三部隊長、サージル・エールリンド・ハルトマン!!!彼は『黒い悪魔』とまで言われる敵竜騎士363騎撃墜の記録を持つウルトラエース・・・そして、竜騎士撃破数最大記録を未だ更新し続ける本物の撃墜王ですぞ!!!」
 
 「それを言うなら、ルシファード・ヴィ・カリゲラなど、軍名“ガルス帝國の吸血鬼”を冠される程の残虐極まりない・・・」

 「いや・・・私はモニカ・マリアンヌ・クリスティアーネを脅威と感じる。西の永世中立国家において眠れる獅子と言われるロンドベル魔法騎士団の総長を務めている女性ですよ。噂ではありとあらゆる精霊を従える術を心得ているとか・・・」

 「それを言うならこのサルヴァトーレ・ヴィト・パレルモなど脅威中の脅威でしょう!!構成員100人・・・準構成員も入れると400人を超える全世界最大のマフィア“ジェノヴェーゼ”の首領(ドン)にしてCEO。暗黒街の顔役とまで言われる大物中の大物!!!」

 「100人とは少ないのでは?」
 「マフィアは少数精鋭の組織だからな・・・。通常は70人程度なんだよ・・・。」

 「政治家にも内通し、世界中のマフィアの頂点に立つ男。まったく・・・こんな男までとは・・・。」

 「それに、この活動資金を見たかね!!!各国の政治資金の裏金や、貿易市場の25%を牛耳るハルランディア財閥やカジノ、ホテル経営などで獏大な利益を上げているラズライト財閥の膨大な利益!!!さらには、各国の警察や軍隊の捜査費用や特別予算までもが彼らに流れているではないか!!!分かっているのか!!これは中小国家の国家予算にすら匹敵する程の額だぞ!!!」

 「さらには、彼らが関わったと予測される事件もこんなに・・・よもや封魔戦争の終結にすら一役買っているとは・・・」

 「世界に公表となれば歴史がひっくり返りますぞ!!」

 「バカモノ!!!公表などできるか!!!世界の醜態を、何も分かっていない衆愚にさらすことになるのだぞ!!!?」


 「やはりシュピアに片付けてもらうしかないか・・・」

 「しかし・・・大丈夫なのか?」
 「心配には及びません。」

 その言葉にリアは自信たっぷりにそう応えた。

 「世界最高峰の魔法杖“インフィニットオルガン”に加え、世界最強の武器“エクスカリバー”、そして、すべての願いをかなえる最強の宝具“聖杯”・・・この3つが揃って尚、負けることなどあるはずがありません。」

 「君がそう言うのなら、安心だが・・・」

 そうは言うものの、まだ不安そうに苦言を呈する委員長エンドレ。

 「しかし・・・計画はまだ途中段階。もちろん君には聖蒼貴族の動向を確認してもらっているが・・・何しろ、聖蒼貴族は本部の場所すらわからぬ闇の組織。何をしてくるかわからんからな・・・」

 「今のところフェナルトシティにおかしな動きはありません。」
 
 「だったらよいのだが・・・我々は今のところ・・・魔道学会の鼻摘み者。そして、聖蒼貴族を取り込めばそれさえ覆る・・・いいか?この作戦に我々“空の雪”の命運がかかっているのだ。ゆめゆめ、油断のないようにな・・・」

 「もちろんです。抜かりはありません。」




 「そして・・・もし失敗するようなことがあれば・・・わかっているなリア。」



 と今度は副委員長の男がリアを睨みつけた。

 それに対し、リアは・・・

 「ええ・・・もちろんです。」

 と笑みを深める。

 


 「その時は・・・私・・・龍帝リア・ド・ボーモンが・・・我々に反旗を翻す者に、真実の正義の制裁を下しましょう。」

 「頼んだぞ。リア君。」
 「御意・・・」



  ※        ※        ※





 空を見上げればもう時刻は午前9時になろうというのに、普段とは違う赤い月が宵闇を照らしていた。

 おそらく、インフィニットオルガンの影響で時間軸が止められてしまっているのだろう・・。
 それに、赤い月・・・。これは魔界と現界との境目がより薄くなっている証拠。

 それを示すかのように薄いピンク色で照らされた夜空は、リオンとクロノを倒す以前の状態の方が遙かにマシと思えるほどの数の下級魔族で埋め尽くされていた。

 シルフィリアが集合場所と定めたカンポの噴水前へと行くと、5分前にも関わらず、全員がすでに集合し終わっていた。

 挨拶も早々に、シルフィリアは早速作戦の最終確認に入る。

 「全員・・・私の言いつけは護ってありますか?」

 到着すると同時にシルフィリアが発したその言葉に全員が頷く。

 「シルフィリア・・・あんたの言った通り、自分のエースの武器は全て宅配便でレウルーラへ送ったぜ。ったく、刻の扉を使って送る超高速便で送れなんて言うから、メチャメチャ高かったんだぞ!!!」

 ファルカスのその言葉にシルフィリアも安心して、「あとでお金はあげますよ」とおつかいを頼んだ姉のような言葉を呟いた。。

 
 というのも、正直不安だったのだ。


 作戦会議においてシルフィリアは3つの条件を出した。一つ目は、“自分が別れてから大聖堂に戻る間まで絶対にシュピアを足止めしできれば周りの注意も引き付け続けること”、二つ目は“可能な限り、優秀な武器を装備できるだけ装備しておくこと”そして、最後の一つが“しかし、自分が最も使いやすいと思っている武器・防具は全てレウルーラへ向けて宅配便・・・それも刻の扉を使って運搬する超高速便で配送しておくこと”だった。

 一つ目と二つ目は誰が考えてもわかる自分の魔術の成功と、彼ら自身の攻撃力の強化の為の条件。しかし、最後の一つは正直護ってくれないと思っていた。

 何しろ、作戦の重要個所を一切伝えていないこの状況において、そんなわけのわからない命令を出されたところで、気でもおかしくなったかと思われるのが関の山だと思っていたのだ。

 これも、一種の信頼の力か・・・

 シルフィリアの胸に妙にこそばゆい感情が突き抜ける。

 全く暢気なものだ。こんな状況だというのに・・・

 


 そして、もう一つの条件もしっかりとクリアしていた。



 シルフィリアはファルカスが居たこともあり、彼にこう告げたのだ。



 “コード:アーマードにて待機せよ。そして、これを他の人間にも徹底させよ。”


 これは、ガルス帝国の作戦コードの一つで金に糸目はつけず、出来る限り火力と防御力を上げるための装備をした上で、集合せよ“というコードである。

 
 この言葉に対し、ファルカスはソニックブレイドとマジックガーダーを外し、代わりにミスリルの鎧に身を包み、腰に交差させる形で4本のエアブレードと手に1本のエアブレードを持っていた。

 さらに、彼はキチンと他の人間に対してもそれを徹底させてくれたようで、ロビンもいつもの杖ではなく、両手にスタッフ型の魔法杖と腰に予備のワンド型を2本、さらに腰に2振のエアソードを装備しかも、そっとローブの中をのぞいてみると、そこには魔法薬の小瓶やら一度しか使えないスート以外の魔法を使える杖などが収納されており、サーラもメルディンとブリーストのローブを外して、スタッフ型の回復杖と魔法杖に腰には3本のワンド。さらに全身を覆う天使の衣といわれる高価な対魔法ローブで武装するという、まるでドラゴンでも倒しに行くのではないかという程の重装備でその誠意を見せてくれた。


 これならなんとかいけるかもしれない。


 シルフィリアも市販の魔法杖を魔術で呼び出し、スタンバイする。

 
 「それでは、3人は大聖堂でシュピアの注意を惹きつけて下さい。」
 
 「「「わかった。」」」

 「私は私で・・・成すべきことをします。だた、この条件だけは守ってください。無理ならすぐに逃げる。私が失敗しても逃げる。私の命令には絶対従う。守れますか?」

 3人が頷く。

 「特に最後は最重要です。私が『私を見捨てて逃げろ』といったら見捨てて逃げる。私が『私を殺せ』と言ったら、迷わず殺す。大丈夫ですね。」

 3人はそれにも躊躇なく頷いた。

 

 「・・・・・・わかりました。」


 たぶん殺せと言っても殺してくれないのだろうと思いつつも、シルフィリアは諦めて頷き、いよいよ作戦開始となった。



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